
ピーター・ドラッカーの著作は『不朽の古典』と呼ぶにふさわしいものばかりで、どんなに時代を経ても、マネジメントとして共感しうる言葉の数々、これが随所に散りばめられているんですね。なので、その著作をほとんど読破した私としては、ブログから「経営者への痛い名言コーナー」としてスピンオフさせたいなと、今から考えているところです🤣
そのドラッカーの著作の中でも一番、付箋を付けたのが『経営者の条件』。第一回は第二章の『汝の時間を知れ』からいきたいと思います。
「地位が上がるほど、管理のしようのない時間、しかもいかなる貢献ももたらさない時間の割合が大きくなる。組織が大きくなるほど組織を機能させ生産的にするための時間ではなく、組織を維持し運営するための時間が多くなる。」
これですね、『天』でアカギが成功者の原田に言ったことと思い切りかぶるんですよ。「お前も気づいてるだろう…薄々は…!ろくに生きてねぇっ…!」
「お前は今 ろくに生きてないっ…!」
アカギいわく「成功を積み上げ過ぎた結果、その成功に縛られて自由が効かなくなってる。どんなに金や権力を手に入れても、成功は人を自由にせず、装うことを要求してくる。感情を押し殺し、相当な我慢をしているはず。そんなストレスの塊みたいな日々をお前は営々とこなしている、スケジュール通りに…。
何だそれ…?まるで分らねぇ…!ありのままの自分がどこにもねぇじゃねぇか…みすぼらしい人生だ…!棺さ…!お前は「成功」という名の棺の中にいる…!動けない…もう満足に…お前は動けない…!」
それに原田も気付くんです。「感情は押し殺してる…スケジュールは半年先までビッシリ…!やらなきゃならねぇ義理や付き合いで埋まってる…!俺はただそれを…営々とこなす係」
若くして父親の会社の跡を継いだ社長によく見られることですが、最初は商工会議所や色々な会合での付き合いが新鮮で面白いんですよ。ただ、マンネリ化してくると、ただただそれに出席している時間で「忙しく」なってしまう。本来、本業に向かうべき、社員に向き合うべき時間が、全く生産性のない会合という時間に奪われてしまう。
何だそれ?…と気付く優秀な資質を持つ経営者は、その役を補佐役や若手の取締役に譲っていくんですね。なので、お伝えしたいのは、「行事に縛られるなら、その行事に出るのはもうやめましょう」ということ、そして、「本当に必要な事のため、大事なことのために自分の時間を確保して欲しい」ということなんです。
ドラッカーとアカギ、同じこと言ってるんですよね。

