
貴重な対談とて、記録しておかない限り、その時その場で読まれて終わってしまうもの。
私がこれまで対談頂いた方々との記録を、新たな解釈や当時の背景などを加えながらここに残し、事業者の方々の今後の糧の一端にして頂ければと思う。なお、編集にあたっては、プロパン産業新聞を発刊している石油産業新聞社に、全面的なご協力を頂いた。合わせてここに感謝申し上げたい。
連載100回記念対談(2024年7月2日発行)

取引適正化に向け不退転の決意
長年続いたLPガス商慣行を是正し、取引を適正化することを目的とした改正液石法省令が4月2日に公布され、今日より施行される。
規制対象となるLPガス業界では法令順守への対応はもちろんのこと、消費者に選ばれるための事業の再構築が求められている。
今回で本紙への連載が100回目を迎える境野春彦氏と、制度改正の立案責任者である経済産業省 資源エネルギー庁 資源・燃料部 燃料流通政策室室長の日置純子氏の両氏に、今回の制度改正の狙いやLPガス業界に求められる対応や課題などをテーマに対談いただいた。

境 野 昨年11月22日に開催の第7回ワーキンググループ(WG)で、オブザーバーの橘川先生が、“(7月のWGから)今回はかなり踏み込んだ内容になった”と話しておられたが、確かに経産省からの強い意気込みが伝わってきた内容であった。
日 置 昨年7月24日開催の第6回で示した方針案と基本的に変更はしていないが、実効性の確保という点で、通報フォームなどの具体策を提示した。
境 野 施行前の駆け込み的営業行為に対する懸念の声を踏まえ、通報フォームを開設したことで、匿名もOKというのは過去に例のないことではないか。
日 置 通報件数は2月以降に徐々に増え、3月末までで400件、5月10日時点で700件弱となっている。匿名も1月時点では4割だったものが3割に減少している。それだけ実名での通報が増えてきたということ。
境 野 LPガス事業者の駆け込み営業も褒められたものではないが、不動産管理会社の対応もよろしくない。“無償を引き受けなければ、(引き受ける)大手に切り替える”と言っている、全国的にも知名度のある会社もあり、今回の改正の趣旨が管理会社にまで伝わっていないようだ。
日 置 それは問題であり、事実関係を確認するなど即時に対応したい。これまで国交省との連携も密にし、各不動産団体向けにも直接出向いて説明し、文書も発出させて頂いているが、具体的な社名等の情報があった方が効果的というのが実感。情報があればどんどん寄せていただきたい。
悪質管理業者・大家の通報で国交省を動かす
境 野 5月20日の第9回WGにおいて、定光資源・燃料部長が補足として付け加えた発言がガス事業者の間で話題になった。「過大な営業行為については各社に事実確認しており、我々の指摘に対して速やかに是正が行われない場合には、施行前であっても行政指導を行う。社名の公表も含めて断固たる措置を取らせて頂く」
-これが、未だに旧来の商慣行を続けている事業者に対して、強烈な牽制球になったと思っている。
日 置 7年前の二の舞となってはいけない、しっかりやらないといけないという思いを、常日頃感じて取り組んでいる。部長の発言はまさに不退転の覚悟の表明であり、私以下、実行部隊の決意の代弁でもある。
関連してのことになるが、自主適合宣言を出した事業者を狙い撃ちして過大な営業行為を仕掛けている事業者があると聞く。正しい行為を逆手に取った卑劣な行為であり、信義則違反も甚だしい。厳格に対処させて頂く。
境 野 5月17日の国交省宛文書で、「不動産関係者がLPガス事業者に対し、違反行為に該当する強要を求めることがあった場合、取引先にコンプライアンス違反を求めるものとして問題になりえる」との箇所は、踏み込んだ内容として評価できると思う。


日 置 改正省令下でも無償貸与を求める大家や不動産業者がいた場合、“液石法違反の強要”に当たるので、どんどん通報して欲しい。その情報が蓄積されれば、いずれ国交省による指導が必要になる局面がくる。
国交省と我々は連携しており、今後もしていくが、やはり(国交省を)動かすのは、他ならぬ現場の声だと思っている。我々から情報提供はするが、関係する各省庁が直接、事業者の声を聴くことができるのが望ましい。必ずや真摯に受け止めることになるだろう。
境 野 それから、取引適正化ガイドライン(GL)に具体例が示されたことは非常に意義のあることだと思う。具体例を集約していく作業は大変だったと思うが。
日 置 具体例は通報フォームに寄せられた事例やWGで指摘のあった事例で、とくに目新しいものではないが、あらためてGLに書き込む意義はあったと考えている。今後も様々なかたちでの利益供与事例が出てくるだろうし、GLに書き切れていないもので、“リフォーム協賛金”というものが、パブコメに寄せられた。このような事例もしっかりウォッチし、GLを進化させていきたい。
一方、GLだけが全てではない。懸念される行為として寄せられた情報については対外的に出していきながら、注意喚起を促していきたい。そのためにも公開モニタリングの継続が重要と考える。
境 野 地方の事業者から、「地方経済産業局での執行体制まで整備できるのか」と懸念する声が寄せられた。
日 置 5月には自治体担当者向け説明会を9回実施し、約250名に参加いただくなど、体制強化を加速している。WG資料に「2017年の省令改正とGLを『守らせられなかった行政』」という厳しい指摘をあえていれたのも、この反省を忘れずに今回はやり切るという覚悟の表れと受け取ってもらいたい。
三部料金制は一番の関門に
境 野 パブコメで「三部料金制の徹底は本当にできるのか疑問に感じる」との意見もあったが、三部料金制は義務であり、来年4月2日に移行していない段階で罰則規定の対象になる。
この事を知らない事業者も少なからずいた。
日 置 一部誤解されている向きもあるので強調したいところだが、既存契約・新規契約に関係なく、LPガス料金を請求するすべての場合に、三部料金による通知が義務化される。
境 野 三部料金制を徹底する真の目的は、無償貸与を炙り出すこと。無償貸与契約が存在している以上、設備料金は記載が必須となる。
加えて内容を消費者から問われたら、事業者には答える義務が今回の改正省令で加えられた。『設備を大家さんに無償で提供したかわりに、当社がその分をガス料金でお客さまから回収させて頂いている』という説明をしなければならない。その事実をほとんどの消費者が知らない現状を踏まえれば、それがLPガスへの不信感をますます増大させていくことになろう。
結果、LPガス集合住宅への不信につながり空室率は増加、電化・都市ガスへの転換を誘引し、LPガス事業と不動産事業が共倒れになりかねない。
日 置 まさにここが、“消費者被害”と言われる大きな要因。無償貸与という商慣行そのものを是正し、料金回収を透明かつ適正にしていくことが、今回の改革の根幹をなすものだ。
境 野 LPガス業界が取り組むべき方向性は、設備料金を0円にすることだが、“設備料金を「該当なし」としても、基本料金と従量料金にまぶしてしまえば、消費者に分からないのではないか”という意見もあった。
日 置 パブコメの回答では、“賃貸集合住宅のオーナーに対して、無償で設備貸与を行っている場合は、消費者が負担するLPガス料金でその費用を回収していると考えられる”という前提に立った上で、客観的な根拠でもって設備費用を回収していないと説明することが求められるとした。
そもそも商取引においてタダ(無償)のものはない。タダというならその理由を説明して下さいと。規制当局もその説明を聞かなければ知ることもできない。説明も求めずに放置してしまうと、三部料金制がなし崩しになってしまうので、事業者にはしっかりと説明してほしい。
どう説明するかは事業者により様々な考え方を聞いて、客観的に見て妥当かどうか確認させてもらうということ。
まずは事業者の説明責任
境 野 第9回WG以前に、事業者からの意見で多かったのは、基本・従量料金をどんな物差しをもって比較するかだ。たとえば石油情報センターのモニター平均価格と比べてどうなのか、あるいは集合、戸建の料金体系は通常は別のはずであり、料金差についてどうなのか、具体的にはこんなところだろうか。

日 置 もちろんそれらの物差しも否定はしない。様々な角度からの検証が要るだろうが、まずは事業者側の説明責任。料金について明確に説明ができるということは、通常のビジネスでお客様からお金をいただく以上は当然のこと。いくらLPガスが自由料金だといっても、ここをしっかり認識してもらうのはベースだ。
LPガスだけでなく、自由化された電気、都市ガスも然り。説明責任と情報開示は今や表裏一体で、情報開示というのは、企業が自社の企業価値をいかに説明できるかにかかっているので、説明を求めるというのはおのずと自然な流れだ。
ちなみに、私はかつて電気料金の送配電コストの解析やエリア毎の違いなどを徹底して分析した経験がある。地方経済産業局にも同様の経験を有する職員がいるし、内部研修の仕組みもある。経験値を活かし、三部料金におけるいかなる誤魔化しも見逃さないようにしていきたい。
大家から設備費を回収 改革には痛みも
境 野 三部料金制が義務付けられる来年4月2日までに、LPガス事業者がやらなければならないことは、アパートの大家から設備費用を回収することだと思っている。
今夏の法改正を説明、理解してもらい、大家が家賃を上げることで回収する。大家から回収ができなければ、事業者が自己負担しなければならない。ここが改革を伴う痛みだと思う。
日 置 LPガス料金と、設備貸与に係る費用回収とを完全に切り離したかたちとするのも一案だと思っている。例えば、設備費用については、別途、リース契約として大家もしくは消費者と結び直し、費用を回収していくというやり方。
しかし、大家から費用回収するとなれば、家賃を上げないと大家の負担が増えることになるし、消費者と別途リース契約を結び直すというのも簡単な話ではないだろう。これまでの経緯もあるだろうが、ここは一旦あるべき姿ということで、本来負担してもらうと、しっかり説明する姿勢が肝要。
我々としても、そうした事業者の取組を後押しすべく、大家や消費者の理解が得られるような環境を整えていく必要があるのだろうと思っている。
境 野 今回の改正を機に、事業者は契約を継続する大家を選別する必要があると思っている。無償貸与を強要する大家の中には、例えば担当者を夜中に何度も呼び出したり、社員のメンタルに悪影響を与えている顧客もあると聞く。
そこまでして長く付き合うべきなのかどうかをよく見極めたうえで、自己適合宣言を早期に実施し、多数ある料金体系を集約して透明化を図っていく。その作業が重要だと思う。おそらく来年4月には、適合宣言を出した上で、しっかり真面目に取り組んできた事業者とそうでない事業者に分かれる。
設備料金の在り様が大きな社会問題となった時、不信感を抱いた消費者は真摯な事業者を探して選び、顧客の流動が起きることになる。従って、今回は正直者がバカを見るではなく、正直にやらないとバカを見ることになると考えている。
日 置 「正直にやらないとバカを見る」というのは重要な点。私たちも当然そうなるようにしっかりやるしかないと思っている。長年続いた慣習を改め、料金を個別に見直して集約化していくことは本当に大変な作業だと思う。
しかし、今回の制度改正を契機にそれを進めていかないと、LPガス業界自体が消費者に見捨てられてしまうという危機感を私は持っている。
消費者に選ばれる唯一の手段は法令順守だ
境 野 消費者に信頼されて生き残る唯一の手段はコンプライアンスの徹底(法令順守)しかない。
次に貸付配管については、問題があれば3年後には廃止する可能性があるというロードマップが示されたが。
日 置 今回は貸付配管を禁止するという案を一旦保留にした。昨年11月の第7回WGでは、新規契約については貸付配管を禁止してもよいのではという意見もあり、その方向での検討を行った。その取りまとめが1月にずれ込んだ。
境 野 確かに、LPガス料金の中に戸建住宅の消費配管の費用が含まれていることなど、ほとんどの消費者は知らない。
日 置 消費者(家主)がLPガス事業者を切り替えようとすると、配管所有権をもつ事業者から高額な違約金を請求されてトラブルとなったり、裁判で否定されるなどの問題も生じている。そもそも貸付配管というスキーム自体がおかしいと思う。
とはいえ、貸付配管の下でも事業者切替えが円滑になされているとの指摘もあったことから、まず貸付配管の実態や課題の有無を把握することが必要だと考えている。
境 野 コンプライアンスを重視する大手ハウスメーカーがこの問題に先ず対応し始めたが、地方に多い工務店にまで浸透するには時間がかかると思う。
日 置 無償貸与にしろ、貸付配管にしろ、本来あるべき姿に戻していくべきと思う。今回は賃貸集合住宅における課題解決が中心的な議論になったが、それだけ問題が大きかったということ。戸建住宅を巡る問題については、WGにおいて議論を続けていく。
境 野 事業者の取組宣言についても触れておきたい。全国LPガス協会が動き、4月23日に会員に宣言提出の依頼文書を出したところ、まず山田協会長のダイプログループ(大分市)が第1号で宣言、WG委員であるテーエス瓦斯(神奈川県)も続いた。
今回の宣言については、大手に見本を示して欲しいという意見が相次いだ。少なくとも今回のWGに参加している事業者は率先して宣言を出すべきであるが、HPのどこに掲載されているのか一目で分からない、あるいは改正省令の3つの趣旨が何ひとつ書かれていないといった内容もあり、本気度を疑わざるを得ないものも見受けられた。
日 置 自主取組宣言を出しても、実態が伴わなければ、絵に描いた餅になってしまう。宣言という形ではなく、実際にどう取り組んでいるのかをしっかり見ていく必要があるかと思う。
境 野 今回の対談は2020年4月にスタートした私の連載が100回を迎えるのを記念して企画、ちょうど改正省令の施行日である今日付の紙面で紹介することとなったが、最後に施行にあたり、日置室長の決意表明をお伺いしたい。
社会から信頼されるLPガス業界に 子供たちに胸を張れる会社に
日 置 とにかく長年続いた商慣行を是正するという改革を遂行していくことに邁進したい。そのために様々な手段を駆使して進めていくことに尽きるが、何度も言われているように、頑張る事業者が報われる方向にもっていきたい。
もちろん、改革にはコストや痛みが伴う。しかし、それ以上に得られるものがある。今回の改革は、LPガス業界が社会から信頼されるようになるためにやるものであり、その実現のためにルールができたということ。
ただ単にルールを守るというのではなく、大きな目標の実現に向かって取り組んでいけたらと思う。後から振り返って、“あの時しっかり取り組んで本当に良かった”と言えるようにしていきたい。
私は改正された制度がちゃんと機能することこそが、重要だと思っている。官僚の仕事は改正省令が施行されて終わりではない。むしろその後の実効性確保に向けた取組こそが要であり、私はそこまでやり遂げることが官僚の責務だと思っている。そういう意味では、今はようやくスタート地点に立ったという段階。
境 野 この問題は他社がどうだとか、国交省の規制がどうだとかいうことではなく、各事業者が自分の会社をこれからどういう会社にしていくのか、覚悟と姿勢と信念が問われていると言っても過言ではない。
日 置 私もそこはずっと言い続けてきたことだ。GLにおいても各事業者がどう考えて説明していくかに重きを置いた。事業者向けの説明会においても、何のために今回制度改正したのか、新たな規律のねらいは何なのか、その原点に立ち返って良し悪しを判断してほしいと伝えている。経営層のリーダーシップに期待したい。
境 野 大きな変化を機会に変えて、消費者に真に信頼されるための作業を進めるということ、地域でいちばん信頼されて未来に遺産を残すことのできるような会社にして、ぜひ子どもたちに胸を張れるLPガス業界、会社になってほしい、ということで締めさせていただきたい。
本日はありがとうございました。