「こんな値段で受けられるわけがないだろう!帰れ!」
(・・だよな)-男は悲痛な気持ちを抱えながら帰路に着いた。
事の発端は、上層部が勝手に締結した契約の話まで遡る。
数十万件を擁する大手不動産オライオン(以下、OL社)に当社、トゥモローフレンド(以下、ТF社)がガスを独占的に供給するという契約だ。営業担当の役員は猛反対したらしい。それはそうだろう、他所から来た社長が無茶苦茶なことを言ってきたからだ。
「ウチが直で納める。間に入ってる販売店はどけろ」
(あんたがいた会社のように、ブランドで縛って特約契約を結んでるわけじゃない。圧倒的に小売りである販売店が強いんだよ、ガスの世界は!)-役員以下、営業はみんな分かってた。どんな事態になるかを。
「ああそう、勝手にすれば?じゃあ、ウチは手を引かせてもらいますよ」
行く先々で怒鳴られる。あまりにも身勝手な言い分だから当然だよな。相手は客だぞ?客に「その商売、ウチが頂くんで」って・・言わせる会社も会社さ・・。
何が困ったかって、保安だよ保安。ガスの最重要業務と言っていい、肝心かなめの保安業務の担い手を失ったわけだ。商流を奪っておいて「保安だけは頼みます」なんて、こんな虫のいい話はない。けどもう、背に腹は代えられない段階にまで来てる。
営業担当の役員も言った。「手段を選んでる場合じゃない」
-その日から、系列外の販売店、つまり、他の元売りがガスを供給している店にまで回ることになった。保安の委託価格は「50円/kg」-これも俺たちが決めたものじゃない、価格の主導権はOL社が握ってる。「出来るだけ安くな」・・・ってこれ、そういう次元じゃないだろう?
「50円/kg?ざっくり100円/㎥、OL社の集合は単身が多いよね?まあ月に3㎥っとこ?月に300円、年に3,600円か?そんなもんで切替業務とか24時間の保安対応やれってか?自分が何を言ってるか分かってんの?」
「・・・すみません(分かってるよ、分かってて言ってるんだ!)」
何度も何度も繰り返させる罵倒、さすがに疲れてきた。けど、契約の期限が迫ってる。今年度中に数十万件の保安業務の委託を完了させないと、莫大な違約金を払わねばならない。
現場を知り尽くしてる俺の上司が飲みに誘って話してくれた。最後は泣いてたよ。
「アホみたいな価格で、大変な保安を頼むって・・自社の保安や配送ですら人の確保が難しいこの時代に・・。しかもだぞ?入退去が頻繁で3月の引っ越しシーズンなんぞ地獄だ。こんな割に合わない非効率な仕事を格安でお願いしますって・・
俺ら、何やってんだ?なあ、俺らは何をやってるんだよ!」
-無茶苦茶なことを言わされ、系列外のところにまで恥を拡げて、目の前で提案書を破り捨てられ、プライドも信頼もズタズタさ。もう止めよう、こんなこと・・。会社なんていくらでもある。何とかなるさ。
-翌日、男は会社に辞表を提出。辞めた男の顔は憑き物が取れたかのように晴れ晴れとしていた。「だいぶ人様に迷惑を掛けた。今度は、人に地域に信頼される会社で働こう」-どんな経験でも人生のマイナスになることはない。男は失った何かを取りもどすかのように、新しい職場で再び活き活きと働き始めた。
※この物語は完全なフィクションです。

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